向こう水博士

向こう水博士は、世の中のあらゆるテーマに対し率直に素直で真摯な意見を考える、いわば人生を好転させる福の神のような存在です。宜しくお願いします。

育メンパパとチビ達の日々。

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私は良きパパとしてチビ達に毎日接していたはずである。というよりは、私がしてやって満足していただけだったのかもしれない、とすら今では思える。

 

 

 

そう、チビ達はワガママそのものだ。私がチビ達のことを考えたり、思いやってしたこともすぐに無下にしてくれた。例えば、買ってあげた必要な物品も、本当すぐに失くしたり、作り上げてきた関係もちょっと機嫌を損ねただけで、パパ嫌い!という残酷な言葉を頂戴するハメになり、作った料理などもふざけてよそ見して、簡単に落としてみたりする。

 

そんなことも、日常茶飯事、宿題を手伝ったりしていても機嫌が悪くなって来るので、どうしたのか様子を見ていると、遊んでいた後でただただ眠たかっただけだったりするのである。

 

 

こんなチビ達相手に、一時は本気で育児に取り組み、とことん専業主夫に打ち込もうかなどとも思ったりもしたが、今となってはしなくて良かったと本気で思う。

 

私は、私の人生を歩むべきで。チビ達もチビ達の人生を歩むに違いない。

 

 

今から、あの時のこと振り返るとチビ達に色々と言っても仕方なかったなあと普通に思えるようになった。パパだからこその期待や、我が子だけに出来るであろうという希望が出たり、父子家庭のあまり願いが強かった。

今でさえそんなにキッチリと出来たものではないが、小学生になったチビ達は言えば多少の理解は示すようになったし、自分たちの善悪も理解が出来るようになってきた。

 

 

私は、その間にアートディレクター兼デザイナーにもキャリアアップし、助け支えてくれるパートナーに恵まれ、今までチビ達と共にお互い成長し合ってきた。子供を育ててるようで子供に育てられているようなものだったのかも知れない。

 

 

私は育メンパパではあったが、チビ達に成長させられた育メンパパである。

チビ達よこれからも共に成長し合おう。

 

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令和元年、春の門。

令和元年の春、私は長い間勤務し晴れてプロのデザイナーとなった事務所を辞めた。

 

理由は、色々、様々あったが主には独立へと向けての一歩を踏み出したかったからだ。

 

しかし、実は情けない話しではあるが独立したいと言った私に社長から辞める前より厳しいお言葉を貰っていた為、私は、独立での成功などは難しいのだろうななど半分以上諦めていた。

 

 

それから、もう少しで1ヶ月が経とうとしている。私は、デザイン事務所を辞める際に私が営業して取ったクライアント様全員と営業した2件の案件を持ち帰っていた。

 

 

なかなか、意思疎通に苦労するクライアント様もいらっしゃるのはいらっしゃるのだが、この広い日本の世の中で色々な考えや状況が存在して成り立つのだから仕方はない。

 

無事、今では私自身の2件の案件も仕上がりそうで、協力を貰えそうなクライアント様、私を助けてくれる笑顔の冴えるカメラマンに敏腕WEB担当も私に付いてくれた。

 

 

最初は、出来るかどうか不安に思ったことが

どんどん着実に形となって現実になっていく。

信じられないが、デザインと同じである。

 

 

社長は、厳しい!無理だと!!私に言って引き止めたが、私は私のインスピレーションと支えてくれる人を信じ前へと進んだことによって今の私の道が開かれつつある。

 

 

 

私は、私の息子から学んだ。

 

彼がまだサッカーを学んだ頃からサッカー選手になると言い続けてきた夢を、彼は少年の輝く瞳に捉えつつ、この前のサッカーチーム主催のJリーグ観戦ツアーに参加し、Jリーグ観戦をして点を決めた応援チームの選手の活躍を見て涙を流し。

 

そして、その後、私に言った「俺はJリーガーになる!」「なれるか?」と聞くと「なれる!!」と

 

 

デザインの世界では、想像した現実に出来ることはデザイン出来る。

 

 

私は、息子にまた教えられた。

クリエイトする大切さをデザインしていくセンスの大事さを。忘れていた大事な何かを…

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年配新人やら新人達。最終章

結局のところ、私の今回の話しで行き着いた所はこうだ。昨今の日本、今までの日本と異なる形式での評価の仕方がされてきている。

 

今までの日本がしてきた年功序列での評価方式にアメリカ式の実力者社会。そんな折に半端な力を持っていた年配新人には、1番目の社員として、それまで頑張ってやっていた社の先輩である私を舐めていたのだろう。

 

私は、勿論元来の性格より威張る事は無かったし、鼻にかけることもしなかった。それは、私が中学時代の部活で実力もない先輩が先輩ぶるのが嫌だったからだ。

 

それを良い事に今回のことは起きた。なるようにしてなったとしか思えない節もあるのだが。

怖い顔して、威張っておけば良かっただろうか?

 

これから先の事を考え、私が年配新人に優しく振った案件や、後輩に貸した本達が彼らに舐められる原因を作ったのだろうか?

 

https://youtu.be/sr--GVIoluU

 

彼らとは、1ヶ月くらい前だろうか仲直り的なものはした。しかし、私は2度と彼らに心は許さないだろう。

 

私にも心はある。しかし、嫌なものに合わせてやっていくほど穏健ではない、私の取った仕事はもちろん彼らにも振るが、彼らと今は上手くやっていこうとは思えない。

 

私は、社の先輩である。

 

日本人として先輩を敬う気持ちが彼らに生まれるまで、私は打て合わないことにした。

 

それが、私に出来る新人教育だから。

年配新人とベテランルーキーの攻防戦の行方、、、

結局、年配新人の1人男の方は、もう1人の年配新人の女に操られているだけであるから何もできない。彼は、以前からイラストレーターでイラストを書くのが趣味だったようだが、今でも社内でも趣味のお絵かきの練習をしている。

 

年配新人の女の方は、デザインをしていたのだが他の部署に一時的に逃げた。そして、逃げ終わった頃にデザインを認められたようだった。戻って来たいだろう。しかし、

2人共だが先輩であるアートディレクターの私が仕事を回さなければどうなるだろうとか考えたことはあるのだろうか??

 

年配でも新人はあくまでも新人、ベテランルーキーでもあくまでもベテランのルーキーには変わりないのである。

 

よくよく考えて行動はされたい。

 

上手くいく秘訣、私が激励としてかけた言葉を悪く取った年配新人、とその後とんでもない災難を浴びせられたベテランルーキーの行き着く先はフィクションではないので、実況をそのままをお伝えしていこうと思います。

 

さあ、お立ち会いお立ち会い。

年配新人とべテランルーキーとの攻防中盤戦

私は、上司デザイナーに仲裁に入られ、部下である年配新人に言ったことを指摘された。しかしながら、私が言った言葉というのは私が社長より言われた教訓だ。言葉に間違いはないし、事実であり、あえて言わせてもらえば先輩からの激励の言葉である。

 

それを、自分と同じ同僚レベルの文句くらいに取られてしまっては話にならない。要するに年配新人は、自分の立ち位置を理解できていないのだ。

 

私から言わせてもらえば、彼らが気に食わなければ彼らに仕事を振らないこともできる。実際、気にくわない。私が今、仕事を振っているか振っていないかは皆さんのご想像にお任せしよう。

 

私が、この社に入った頃は物品も何もなくパソコンすら揃ってなく、自分の持つMacを社に持ち込み棚やテーブル、本やパソコンを揃えるために一生懸命毎日、仕事をしたものだった。

 

しかし、後から入ってきた新人達には、そこにあるものは当たり前にしか映らないのだろう。悲しい現実である。

 

今、社内で皆んながどのように動いているかお教えしたいと思うが

これは、また次の機会に。

 

彼らは、わかっていない。年配新人だから認められない年齢なのかもしれない。できる自分よりさらにできる若い人たちもいるということも。そして、社内では若い人たち、ベテラン、年配の力が合わさってこそ社がうまく回って動くということを。

 

年配新人とベテランルーキーの攻防行方、、、

 

私は、年配新人のために仕事を振っただけである。年配新人はそれが出来ないからとやる前から、拒否をした。それが諍いの理由だ。

 

私には普通に非がないと思う。それは、仕事であるからだ。それから、彼らの嫌がらせが始まった。新人連合の派閥を持つ彼らはアートディレクターという営業の独り身の私にこれでもかというシカトをしたり、皆んなで固まって話すときにも徹底的に無視をした。

 

大して、彼らのことは好きでもなかったし、関わる必要もなかったが長くに渡り続いたので流石にこたえた。周りの関係無い連中も新人の彼らに同調するからである。

 

こういう時は、大人も小学生も一緒である。野次馬根性の輩が集まりだし、ことの原因もわからないまま囃し立て意味がわからない状態に陥るのである。

 

上司が仲裁に入ったが、相手は2対1の新人しかも女も含むである。私の負けは話が始まる前から決まっていた。やれパワハラだの、押し付けだの、特に注意されることもなかったが、今後、仕事を振るのは上司からという話で折り合いがついた。

 

この話は、これで終わりかと思われた。しかし、これからが苦痛の始まりだったのだ。

 

続く、、、