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向こう水博士

向こう水博士は、世の中のあらゆるテーマに対し率直に素直で真摯な意見を考える、いわば人生を好転させる福の神のような存在です。宜しくお願いします。

五島列島での幼少時代 その1

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私は、小学二年生の夏休みに神奈川県から、長崎県五島列島に引越しをした。

私の記憶が確かなら、親は、神奈川から長崎の五島列島までの道のりを車で二人交代で運転したはずだ。

 

一度、大阪で親戚のおばちゃん家に泊まり、五島列島まで二日がかりで行った記憶がある。

  

五島列島にフェリーで着いてすぐ、私は引越し先に着いたのだが、いかんせん子供は邪魔である。早速、近くの家に預けられ、そこの子供たちと仲良くなり、ゲームをしたり、走り回ったりしていた。

 

 

その後、島を回ってみて、子供ながらに気付いた事だが、島には、モールや大きなデパート、電車のホームなどはなく、しかし、そこには子供が育つには十分な大地と山に海に川などの自然があった。

 

 

私は、夏休みの宿題、やってなかった夏休みの友を引越しで見つからなかったことにし、先生に見つかったら持ってきてねと言われ、見つかるはずなどないと思いながら、教室に入りクラスの皆んなに紹介された。

 

 

五島列島の友達の皆んなはとてもフレンドリーで、神奈川から来た私がとても珍しいようだった。帰る頃には、なかなかいっぱいの友達ができて、初日からとても楽しい小学校ライフを送った。

 

 

 

その後、3年の月日が経ち、私も五島列島での生活に慣れ、今では親友とも言える悪童友達もいた。ある日の事、日曜日に朝寝しているとその友達の1人から電話がかかってきて滝を見に行かないか、カップラーメンは持ってるかと連絡が入った。滝を見に行きたい、カップラーメンは家にある。早速、自転車に跨がり彼らの後についていく。

 

 

滝までは、およそ3キロくらいの道のりである。午前中に家を出て険しい坂の道を自転車を降りて歩いたり、乗ったりして進んでいった。むき出しの山がそこにはあった。私たち5人組は声を掛け合いながら、ひふみよ滝への道のりを一時間ほどかけて登った。

 

登りきったところで、はらが減ったから飯を食おうという事になった。もちろんカップラーメンである。お湯は水筒に持ってきてある。さあ、食べよう。ラーメンも出来上がった頃に私は一つのことに気づいた。

 

箸がない…するとそれを見ていた我らの悪童の中のボス的な友達が近づいてきて、「なんや、箸持ってこんかったとか」と言って自分が使おうとしていた、片方の割り箸を半分にして、私に渡した。そして、自分もその半分を半分に割り食べ始めたのだ。

 

 

面白い機転と優しさに、こいつこんなとこあるんやなあなどと思いながら、五島列島の島の綺麗さを満喫しつつ、私たちの五島列島の生活は続く。

 

 

 

to be continued…